あの日あの時を振り返って

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From:山川晃弘

昨日、TVのニュースを見ていたら、
東日本大震災があった時の
ある消防員の活躍みたいなものを特集していた。

カレンダーを見て、
そうか、もう5年も経つんだなと
改めて月日の過ぎる速さを実感した。

これからの一週間、また東北での
震災の特集が増えていくことだろう。

ところで、今年の2016年は
2011年と3月の暦(曜日)が
思いっきり被っていることをご存じだろうか?

特に東北地方の方々には、
思い出すのも苦痛でしかないことかもしれないが、
僕もこの2011年の3月は苦い思い出がある。

以前の記事でも述べたかもしれないが、
僕は当時は愛知県に住んでいたので、
震災による直接的な被害はない。

ただ、この2011年の3月は僕の人生で2度目に体験した
重度のギックリ腰をやった関係で、
今でもその時のことは鮮明に覚えている。

2011年の3月7日(月)18時。
会社からの帰りの電車の中で座っているところから、
乗り換え駅に近づき、そろそろと思って
立ち上がった際に、人生で2度目の重度のギックリ腰を再発。

完全に体が左に傾き、一歩を踏み出すのに、
顔が苦痛でゆがむレベル。

何とか電車から降りられたが、
ホームを奇妙に歩く僕の姿は
周りからは完全に怪しい人に映って見えていただろう。

その後はいつもの倍くらい時間が掛かって何とか自宅へ帰宅。
もう時間も遅かったので、
その日は寝る以外の選択肢がなかった。

3月8日(火)。
当然、整体へ行くために会社を欠勤。
またもやコルセットを巻く生活を体験することとなった。

3月9日(水)。
やめればいいのに、会社に無理矢理出勤。
だが、座るのがかなりの苦痛で、
可能な限り、立って仕事をしていた。

会議の時も一人だけ立っていたのが、
周りから完全に浮いていて、
奇妙な状態だったのは今でも覚えている。

3月10日(木)。
ご想像の通り、症状悪化。
立つことすらままならない。

寝返りを打つことすら困難で、寝る以外選択肢がなかった。
寝たきりの人の辛さを痛感したような状態。

そして、3月11日(金)。
少しはマシになって、ベットからは起き上がれるようになっていた。
だが、立つのはしんどい状態だった。
寒かったので這いつくばりながら、
こたつに移動して寝転んでいたのを覚えている。

そして、14時46分。悪夢の時間が訪れる。

先に言っておくと、愛知県の震度はたかだか3。
普段ならそんなにビビるほどでもないのだが、
いかんせん、体が動かないので、
木造2階建ての耐震設備のない我が家はそれでも結構揺れる。

2階にいた僕は、
近くにある本棚が倒れてきそうな恐怖感にあおられ、
必死に上半身だけ、本棚にしがみついていたのを覚えている。

その後、TVを付けて地震の発生源や状況を確認していくが、
時を追うごとにつれ、東北地方がどんどん凄惨な状況へと変化していくのだ。

特に津波が来た後は悲惨で、僕は震災の状況を
他の人よりはるかに目の当たりにしていたのである。

今でもゾッとする。
もし、自分がこんな状態で
現地のような状況にいたら、どうなっていたんだろう?と。

というより、
僕と同じような状況で自由に動けなかった人はいくらでもいただろう。
そして、実際に被害にあわれたはずだ。

そのような体験をしたからこそ、
今でもこの東日本大震災については、
僕も特別な思い入れがある。

今一度、この震災の特集を見て、
自分は普段から何を気を付けていなければならないのかを振りかえり、
健康面や準備を怠らないようにしようと思う。

あなたも共感していただけたのなら、
是非、今一度、こういう状況になった時の
自分の対処について、考えてみてはいかがだろうか?

山川晃弘


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