5年という節目

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From:山川晃弘

 
先日、すでに話題に出したが、
今日は5年目の節目ということで
この話題を取り上げようと思う。

今日は、3月11日。
日本人ならば誰もが忘れない日になるであろう、
東日本大震災の発生した日だ。

2011年3月11日14時46分、
宮城県仙台市の東方沖70kmの太平洋の海底を震源とする
マグニチュード9.0の日本周辺における観測史上最大の地震となった。

2016年3月10日現在で、
死者は15,894人、重軽傷者は6,152人、届出があった
行方不明者は2,561人であると発表されている。

日本国内で起きた自然災害で死者・行方不明者の合計が
1万人を超えたのは戦後初めて。

そして、死者のほとんどの原因は津波による影響。

津波に巻き込まれた水死だけで全体の90%、
年代別にみると60歳以上の方が60%を越えている。
ほとんどの方が津波からの逃げ遅れだろう。

特に被害大きかったのは、宮城県、福島県、岩手県などの
東北地方の太平洋沿岸の地域だ。

先日の記事でも記載したが、
僕はこの時にギックリ腰を患っており、
まったく動くことができない状態だったのだが、

同じような状態で満足に動くことができなかった
お年寄りの方々が多数いらっしゃって、
震災に巻き込まれたことを思うと不憫でならない。

建造物の被害も全壊・半壊を合わせて
40万戸を越えており、津波の影響による
液状化現象や地盤沈下などで
未だに仮設住宅で5年目を迎える方が
大勢いるという大きな爪痕を残している。

 
建造物の話題で言えば、まったくもって
忘れてはならない、いや、むしろ忘れることなんてできないのが、
福島第一原子力発電所の影響の問題だろう。

想定外の津波による全電源の喪失の影響で、
原子炉を冷却できなくなり、
第1、第2、第3号炉で炉心融解(メルトダウン)が発生。
それで処理ができなくなった
大量の放射性物質の漏洩を伴う重大な原子力事故に発展した。

この事故は、当初の損害は大したことないように報じられたが、
情報のひた隠しと対応による遅れで、結局は、
国際原子力事象評価尺度で最悪のレベル7として認定。
チェルノブイリ原子力発電所事故と同等に位置付けられている。

原発が立地する周辺一帯は住民が避難する状況になり、
5年たった今でも、戻ることができない長期化が続いている。

避難指示区域となっている福島県の
浪江町、双葉町、大熊町、富岡町などは、
昨年の国勢調査もできない状態になっており、
人口は発表上では未だ0が続いている。

 
この大きな地震の被害で色々なことが見直され、
対策をされてきているが、施設的なものの対策は、
想定外の災害の前にはまったくの無意味だ。

我々、ひとりひとりが危機意識をもって、
いつこのような災害が自分の地域に起こるかを想定して
常日ごろから対策を怠ってはいけない。

また、本日も色々なTV局などで特番されるはずだ。

戦争と同じで、このような悲劇を起こしてはならない。

そういう意味で、
被災した方々の痛みを少しでも理解してもらえるよう
そして、この災害による被害を忘れぬよう
是非とも、戒めも含めて見返してほしいと思う。

自分も可能な限り視聴する予定だ。

願わくば少しでも早く
現地で被災された方々が震災前の普通の生活に戻れるよう
復興が加速するよう祈っている。

 
山川晃弘

 
PS
昔やったPSPのゲームに『絶体絶命都市3』というのがある。

災害をテーマにしたゲームで、危機的状況から逃れる際に、
どういう行動や防災グッズの準備・使い方をすれば良いのかを
教訓にした良いアクションゲームであったが、

驚くべきことに
その『3』は2009年に発売されたにも関わらず、
ゲーム内の時間設定が2011年の3月で、かつ大地震に見舞われたところから
脱出するという、まるで未来を見通すかのような、
あまりの偶然の一致に震撼した覚えがある。